玉城デニーは中国人?ハーフで父親や国籍を調査!生い立ちが壮絶すぎて泣ける!

9月11日に行われた第14回沖縄県知事選にて、見事2回目の当選をはたした玉城デニー知事が話題になっています。

調べていくと、「中国人」という情報が出てきました。

そこで今回は、そんな玉城デニー知事の壮絶すぎる生い立ちから、父親やハーフについての情報もwiki風に経歴を調査してみたいと思います。

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玉城デニーは中国人?

第14回沖縄県知事選にて、見事2回目の当選をはたした玉城デニー知事。

そんな玉城デニー知事は、名前からしてハーフであることは窺われますが、「中国人」とはどういうことでしょうか?

玉城デニーは、中国人なのですか?

玉城デニーの動画見てみた。中国人とのハーフだったっけ?

こんな意見がありました。

調べていきます。

玉城デニー知事は中国人ではないし、中国人とのハーフでもない!

結論から述べてしまうと、玉城デニー知事は中国人ではないし、中国人とのハーフでもない様です。

一つづつ見ていきましょう。

玉城デニーの国籍は?

まずは国籍から調べていきます。

玉城デニーさんの出生地は沖縄県与那城村であり、生まれてからずっと日本に住んでいたいます。

このことからも考えると、生まれたときから現在に至るまで日本国籍になっていると考えられます。

実際の本名が「玉城康裕」であることと、沖縄で生まれてそれ以来ずっと日本で住んでいたことからも、日本国籍であることは間違いなさそうです。

玉城デニーはアメラジアン?

玉城デニー知事は、アメラジアンとされています。

アメラジアンとは:元々の狭義では、アメリカ人軍人の父とアジア人の母の間に生まれた子どもを意味し、広義では、その子孫を含め、広くアメリカ人とアジア人の血統を引く者を指す表現

玉城デニー知事は、ハーフであることは間違いない様です。

玉城デニーの父親や母親は?

続いて、「両親が中国人か」について調べていきます。

玉城デニー知事は、父親がアメリカ人母親は日本人となっています。

父親は、当時沖縄の米軍基地に駐留していたアメリカ兵士だったそうです。

しかし、国から帰還命令があり、玉城氏が生まれる前に母を残してそのまま帰国しています。

それ故、玉城デニー氏は父親の顔を知らずに育ちました。

母親は、伊江島出身の方だそうです。

母親もアメラジアンとのことですが、沖縄生まれの沖縄育ちということですから日本人ということで間違いなさそうです。

玉城デニーの生い立ちが壮絶すぎて泣ける!

玉城デニー知事の生い立ちはかなり壮絶なものでした。

父親の顔を知らずに育つ。

前述にもありますが、玉城デニー知事の父親は当時沖縄県に駐在していたアメリカ軍基地の米兵だったそうです。

その時、伊江島出身の母親と出会い、玉城デニー氏が誕生します。

実母、ヨシさんと玉城デニー氏(写真提供:玉城デニー)

しかし、父親は出産前に国から帰還命令があり、玉城氏が生まれる前に母を残してそのまま帰国

父親の母国である米国に渡航することを前提に母親から「デニス(Dennis)」と名付けられましたが、結局母親は先に帰国した夫を追うことはなかったそうです。

そのため、玉城デニー氏は父親の顔を知らずに育ちます。

その後、小学校4年生のときに家庭裁判所に申し出て、「康裕(やすひろ)」に改名し、本名を玉城 康裕としました。

「デニー(Denny)」は子供の頃からの愛称だったそうですね。

10歳まで、母親の元から離れて生活。

玉城デニー氏を出産した後の母親は、生活費を稼ぐために住み込みで働くことになります。

このため玉城デニー氏は、1歳から10歳まで母親の友人宅に預けられ、そこで育っています。

育ての母親、知花カツさんと玉城デニー氏(玉城知事提供)

実母を「アンマー」
育ての母親を「おっかあ」

と呼んでいたそうです。

玉城デニー氏は、

「この2人の母がいて、今の僕がある」

と、語っているそうです。

父親の顔は知らず、実母とは生後すぐに離れ離れになるという、かなり壮絶な生い立ちですね。

育ての母親の教えと、「コザ騒動」などから得た悟り。

育ての母親との暮らしの中、ハーフである玉城デニー氏は、風貌が目立ち、先輩からはいじめられ、泣いて帰ることもあったそうです。

そんな玉城デニー氏に、カツさんは、

「泣いて帰ると育ての母が、
『トゥーヌイービヤ、ユヌタキヤネーランドー。10本の指は全部形も長さも違うけど、どの指も大切だ。違うからいいんだよ』
と言ってくれた。
個性があるのが当たり前だと、母の言葉から自然に学んでいた」

立派なお母さんですね。

玉城デニー氏への愛情を感じます。

夏休みに実母の実家に行った時のエピソードもありました。

「夏休みにはバスと船を乗り継いで母の故郷の伊江島に行った。小さな小学生でも一日農作業や家畜の世話の手伝いをする。地域の人に『○○の子でしょう』と声を掛けてもらい、みんなで子どもを見守る気持ち、風土があった。出身の旧与那城村でもそうだが、大変な時代だったが子どもへの愛情は豊かで、貧しいからこそ分け合うことをごく自然にやっていた」

その後、10歳からは実母と暮らすことになります。

しかし、そこでの光景が印象的だったと語っています。

「10歳から母とコザに住み、基地と共存する街の雰囲気を感じていた。1970年のコザ騒動は衝撃的で、何が起きたのか分からず『戦争か』と思った。成長すると共に、沖縄の戦後の歩みは人権や自由への闘いであると、沖縄の民主主義の尊厳のようなものを先輩方から教わってきた。あらゆる人たちが幸せに生活していくには、多様性と寛容性が重要だと考えるようになった」

今の知事の、考え方の根底がここにあるのかもしれませんね。

玉城デニーのwiki風経歴!

玉城 デニー(たまき デニー)

本名:玉城 康裕(たまき やすひろ)

生年月日:1959年10月13日

年齢:62歳(2022年9月現在)

出身地:アメリカ合衆国統治下の沖縄中頭郡与那城村(現・日本沖縄県うるま市)

出身校:

与那城村教育区立与那城小学校
与勝事務組合立与勝第二中学校
沖縄県立前原高等学校
上智社会福祉専門学校卒業

経歴:

1989年:タレントとして独立。琉球放送ラジオの人気番組「ふれ愛パレット」のパーソナリティ。
1998年:沖縄市エフエムコミュニティ放送「OKINAWAミュージック・タペストリー」総合プロデュース。
2002年:沖縄市議会議員選挙に立候補、当選。
2005年:第44回衆議院議員総選挙に、沖縄3区から立候補、落選。
2009年:第45回衆議院議員総選挙に、沖縄3区から立候補、当選。
2012年:第46回衆議院議員総選挙に、沖縄3区から立候補。小選挙区で落選。比例九州ブロックで再選。
2014年:第47回衆議院議員総選挙に、沖縄3区から立候補、3選。
2017年:第48回衆議院議員総選挙に、沖縄3区から立候補、4選。
2018年9月30日 -:沖縄県知事選挙で自民党などが推薦した前宜野湾市長の佐喜眞淳らを破り当選。
2022年6月11日:任期満了に伴う沖縄知事選に、再び立候補し再選。

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玉城デニーは中国人?ハーフで父親や国籍を調査!生い立ちが壮絶すぎて泣ける!まとめ

いかがでしたでしょうか。

玉城デニー知事の中国人疑惑(?)について調査してきましした。

加えて、中国人とのハーフかどうかも調べてきました。

結論としては、父親はアメリカ人、母親は日本人で、玉城デニー知事も日本人ということの様です。

以前の会見で中国寄りの発言もあり、ハーフということもあり、中国人とのハーフなのでは?という噂が流れたりしましたが、それはあくまで噂だった様ですね。

2022年9月の沖縄知事選で再当選され、県民の期待を背負っている玉城デニー知事。

今後の更なる活躍を期待しています。

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